機が熟すのを待て
Aさんは最近、土地を売却して大金を手にした。この大金をそのままにしておくと相続税で持っていかれてしまう。そんなことなら、いっそのこと子供や孫たちに生前贈与をしてしまおうと考えた。
子供や孫たちを集め、「これからお前たちに毎年、110万円ずつ贈与してやろう」「わ~、嬉しい、でもどうして?」「節税対策じゃよ」
しかし、しばらくして、Aさんは子供や孫たちが無駄遣いしないかと心配になり「お前たちの名義の口座にお金を振り込んでやるが、通帳と印鑑は俺が預かっておく」ということになった。これでは税務上、贈与が成立したとは認められない。せっかくの節税対策の贈与もこれでは意味がない。
そんなこんなで子供や孫たちの喜びも束の間、贈与してもらったことすら忘れている。「もっと喜んでもらえる、と思っていたのに……」
Aさんの生前贈与はタイミングが早すぎたのだ。「対策」というものは将来を心配して、今のうちから手を打っておくことだが、これがそもそもの間違いだ。恐れや不安をもとに手を打つのは失敗する可能性が高い。特に相続対策ではそれで失敗するケースを私はごまんと見て来ている。
相続対策セミナーなどでは「今から手を打っておかないと大変なことになりますよぉ~」などとさんざん不安を煽って商売にしている。乗せられてはダメだ。
相続対策の要諦は「先走らないこと」これに尽きる。「自分から動くのではなく事が起きるのを待つこと」だ。もっとはっきり言えば、生前贈与は子供や孫から「欲しい」とか「助けてくれ」と言ってくるまで待つことだ。どんな人でもいつか必ずお金に困るときが来る。そのときだ、110万円などとケチくさいことを言わずに、どおぉ~んと一括で気前よく渡してやることだ。そうすれば、あなたが亡き後もいつまでも感謝してもらえる。
禅の言葉に「啐啄同期(そったくどうき)」という言葉がある。卵のなかの雛が生まれようとすると同時に親鳥が卵の殻をつついて雛は誕生する。そういう絶妙のタイミングが必ず来る。待つことが対策だ。それに「生前贈与をせずにお金を残したまま死んでも誰も迷惑しない。「おじいちゃん、たくさん残してくれてありがとう」めでたしめでたしだ。なにも焦って対策を立てることはない。